海外渋さ1998

海外渋さ1998



1998 渋さ欧州報告

あらまし

1997年7月ジャズ評論家の副島照人氏よりメールスインターナショナル
ジャズフェスプロデューサー,ブーカルトヘネン氏からの98年の出演依頼を請ける
8月テント渋さの打ち上げ席にてメンバーに内々に発表する
『これにてテント渋さ解散これからはユーロ渋さね!』
12月国際交流基金へ助成を申し込みに派遣課へいくが「こーゆーのは
扱っていないです。」

真っ青「公演課へ行って下さい」ほっ
1998年1月人数問題浮上.各公演地は総勢20名の予定で予算を組んであるのだ
2月メールスジャズフェスにからみ各出演地.フェスが決定3月人数問題。
各メンバーに「申し訳ないのだが全員を連れていく金銭的実力が渋さ
にはありません。今回は遠慮して下さい」と言うが結局ほとんどのメンバーは
バンマスの戯言を聞き入れズ総勢43名の渡欧決定。結果渋さ事務局は旅行代理店
も兼ねる事になる

4月国際交流基金助成決定の通知がくる
5月26日第一陣。午前8時30分.成田第一ターミナル集合。
同日.21時25分デュッセルドルフ 到着
おのあき.龍の首を日本に忘れ物,発覚
不破.自分の荷物成田に忘れる
5月27日午前11時~メールス市の学校でレクチャーコンサート
午後21時クラブルーレでライブ
5月28日午前11時~レクチャーコンサート
午後21時クラブルーレでライブ
午前11時.第二陣成田出発
5月29日.am.5.ホテル出発~am.10.フランクフルト発
11.50.ヴェローナ着

片山広明.加藤崇之.北陽一郎.渋谷毅.大沼志朗.芳垣安洋
吉田隆一.川口善之.太田豊.広沢哲.大原祐.中根信博.菊池七変化
蹄ギガ.星野欧州.笠原真志.中田さやか.不破大輔.副島照人.の19名

イタリア.ベローナジャズフェスに出演
打ち上げの料理最高!ワイン最高!
コロシアムではパットメセニーが大コンサート。

芳垣と太田.大沼.不破の四人で飲んでいると.寒くなってきたのか.総勢20名ほどの
ベローナ美女の大群。不破はウキウキしはじめて芳垣に「話に行こうよ」と
言うが「やめろってば」といなされる。が芳垣が皆の酒を注文に行っている隙に
コンタクト成功!証拠写真撮影成功。ホテルの4階から加藤崇之が
「俺もいれてくれ」と騒ぐがすでに時はおそし。

5月30日.勝井祐二のしきりで,残りのメンバーメールスプロジェクトに出演。

広瀬淳二.植村昌弘.ヒゴヒロシ.ペロ.吉岡みどり.上田創
田脇だんな.反町鬼郎.花島直樹.松.ラッキー.東洋.古谷暢康.丸山涼子
スギゴチ.佐々木あやこ.室舘あや.たま.三浦きゅん.上木文代.吉田社長
小野あき等が暴れる。プロジェクトは6月1日まで続けられた。
出稼ぎ組はオーストリア.ディールスバッハのジャズフェスに出演
アーチシェップとリチャードデイビス.サニーマレイのトリオなんか
がいたが未見

これは何故かロシアのソロフスキー島での笠原のパフォーマンス

5月30日ヴェローナ発~ミュンヘン着~バスでディールスバッハへ
ディールスバッハジャズ祭に出演。ベース弾きの藤原清澄さんもいた
演奏後バスでリンツへ23.20.リンツ発
で夜汽車に乗ってメールスへ。


朝起きて大変!大沼志朗氏のパスポート財布などが盗難にあう。
その中に.ベローナで撮った証拠写真機も。財布はいいからカメラ返せ!
助けてくれた皆さん,ありがとう。
俺達が出稼ぎしている間に.メールスではPファンク。
なんと.ペロ.彩.上木が.ステージのジョージクリントンの肩の上に乗せられ
踊りまくって?いた事が報告される。
5月31日20.00~メールスフェス本番


6月2日メールスからバスでアムステルダムへ移動
46人分の中華料理フルコースをご馳走になる
夜BIMHUISでライブ
6月3日夜BIMHUISでライブ
ここのご主人えらく感動してくれたのですが「お前等これからこう言え,
俺たちゃバンドでもねえオーケストラでもねえもちのろん家族でもねえ
部族だぎゃ。そしたら受けるぜ。」
2日連続興行.初日はゴチャゴチャセッション.2日目はいつもどうり
6月4日am9.40アムステルダム発~11.00チューリッヒ乗り換え13.50リュブリアナ着
この日、渋谷毅、ヒゴヒロシ、松、ダンナ、植村昌弘、広瀬淳二達と別れる
夜、ストリートパホーマンス、街を練り歩く。ガードに屈強そうな男達数名 。
楽器をかたずけて、一服していると、主催者とスタッフが,一杯おごるので
もっとなんかやってくれと言うので皆でおっぱいでかぱいを歌い踊る

6月5日ドルガゴドバフェス演奏
会場
ここの宿泊したペンションのご主人は冨山に蕎麦留学していたとの事。
蕎麦パスタ、いわな、うまいビール、極上のワインとタバコ。
吉田社長は予約していた飛行機が無く?命からがらたどり着く。

6月6日バスでクラーゲンフルト移動
ここでも路上公演をやる。会場の近所の公園に龍とヘラクレスの巨像を発見
聞けば、この地方では龍伝説があり、龍はヘラクレスに退治されちゃったみたい
退治されたのならしょうがない,最後の曲で空に放つか、などと相談する。
何処へいっても加藤さん

6月7日 ウオルティーが登場!地元の人がいると随分心強い
吉田隆一氏はクラーゲンフルツでバリトンサックスを持って
走り回り、こけて前歯おりました。(イラストは某漫画家女優さんです)
で、龍の話 。あんな打ち合わせを聞いていたのか終盤.てぐすが切れて
龍は空の彼方。スロヴェニア国境へ向かって飛んでいきました。

6月8日~10日ウイーンでお休み
がクラブで、9日は勝井.芳垣.不破.10日は片山.大原.加藤.大沼.不破で演奏
6月11日 ドルンビリン演奏。メールスからの追っかけTVクルーの取材
各地の取材はぜーんぶ.さやかまかせ.ウオルティーまかせ
6月12日~13日チューリッヒ.ロートファブリック.2日連続興行


主催者の方が「龍はどーした.噂は聞いている」
空の彼方に飛んでいった噂はここまで届いていないらしい。
急遽.美術部.龍製作に取りかかる。材料は会場にあった竹。
会場の外では.家族サーカス興行.

コメント投稿は締め切りました。